私はスカイランニングを得意とするアスリートですが、同時に、トレイルランニング文化の仕掛け人としての顔ももっています。私が最初に群馬県嬬恋村でプロデュースをした「alpine KAZAWA(アルパイン鹿沢)」という草レースは参加者の約半数が子どもたちです。プロデューサーとしての私は「短距離・短時間」を重視しています。なぜならば、子どもたちが駆け回ることのできる“敷居の低さ”こそが、スポーツの本来あるべき姿だと考えているからです。
昨今の登山ブームやランニングブームの波及効果もあって、まだまだマイナースポーツではありますが、10年前では考えられないほどトレイルランニングの大会数や競技人口が増加しました。今や登山者にもランナーにもトレイルランニングという部類のスポーツがあり、トレイルランナーという山を走る人たちがいるということは広く認知されてきています。
しかし、このトレイルランニング人口の増加の中で、スポーツが文化として定着する上で大切なポイントが抜け落ちているように感じています。それは、“敷居の低さ”という点です。首都圏近郊の人気レースは距離が数十キロもあり、100マイルレースが各メディアで話題の中心となっています。もちろん、長距離レースの醍醐味を否定するわけではありません。旅のような感覚や言葉に表しがたい達成感など、長距離レースには長距離なりの良さがあるものです。しかし、長距離化の流れを客観的にみれば、トレイルランニングは“限られた人間にしかできない過酷なスポーツ”へと一般的には認知されてきてしまっているように感じるのです。
そもそも、野山を駆け回るトレイルランニングは、子ども時代に誰でもやっていたことなのです。友達と公園で鬼ごっこをしたりしたことも、学校の裏山で虫を追いかけたりしたことも、路地裏の秘密のルートを駆け足で探検したことも、広い意味ではトレイルランニングになります。ザックやトレランシューズなどの高価な装備が無くても、トレイルランニングの世界は誰の目の前にも広がっているはずのものです。つまり、子どももビギナーもお年よりも、誰でも気軽に楽しめることに、トレイルランニングの本来の良さがあるのだと思うのです。日本中の町や村で、子どもたちが生き生きとした表情で故郷の野山を駆け抜けている光景。それこそ、トレイルランニングというスポーツが目指すべき未来像なのではないでしょうか。
寒くても楽しい!!(アルパイン鹿沢-冬の陣-)
レンゲツツジの中を走る(アルパイン鹿沢-夏の陣-)
野山を駆け抜けるトレイルランニングには、様々な可能性が潜んでいます。健康づくりや体力づくりの手段として、豊かな自然や地域文化を楽しむ手段として、山間地の地域振興策として、日本各地でトレイルランニングが注目され始めています。小学校の教員を務めた経験がある私は、さらに“体力づくりを兼ねた郷土教育の手段”としてトレイルランニングを活用できると確信しています。
現在の子どもたちは昔の子どもに比べると、故郷の野山を駆け回る経験をする機会が少なくなりました。少子化、放課後の塾や習い事、各種ゲームの普及などの様々な要因があって、ガキ大将を中心とする子ども社会はとっくの昔に崩壊しています。また、「子どもだけで川に行ってはいけない」「落っこちたらケガをするから木登りをしてはいけない」などと、“何かあってはいけない”と考える大人たちによって、子どもたちがのびのびと自由に動き回れる遊び場は狭められていきました。
その結果、遠くのショッピングセンターやアミューズメントパークには何度も行っているけど近くの山や川には行ったことの無い子や、人気アイドルのプロフィールを知っていても近くの石碑やお地蔵さんの存在すら知らない子が現れるようになりました。自分の故郷の素晴らしさを語ることのできない子が、都市部でも山間部でも日本中で増加してしまったのです。故郷に愛着が無い子どもたちが、将来の地域社会の担い手になるには無理があります。長い年月をかけて培われてきた地域性や文化の多様性は日本中で失われつつあるのです。
湧き水発見!! 冷たくておいしい!!
このような状況を打開しようと、子どもたちに郷土芸能を体験させたり、郷土カルタや郷土新聞を作成させたり、日本各地で“文化系”の郷土教育が実施されてきました。しかし、体を動かすのが好きな子どもたちにとっては“地味なもの”としか思えない場合も多いことでしょう。なので、郷土教育にバリエーションをもたせるためにも、私は“運動系”の郷土教育の手段としてトレイルランニングを活用していくことを提唱します。故郷のあちらこちらを駆け回るトレイルランニングは、コース設定や活動内容をひと工夫すれば、立派な郷土教育に化けるはずなのです。
例えば、子ども時代の私がそうであったように、山や丘に登れば故郷の全体像を自分の目で確かめることができます。昔の人が歩いた古道をたどったり、古道に沿って置かれた石碑やお地蔵さんを見つけたりすることもできます。田んぼのあぜ道を走れば、農家の人たちの暮らしや季節の移ろいに気づくことができます。そして、友達と一緒に駆け回った故郷の野山は、子ども時代の思い出の場所として、一生の記憶に残るのです。
私の考えるトレイルランニングの未来は以下のようなものです。各地域(小学校の学区域や集落単位)にトレイルランニングクラブ(アドベンチャーランニングクラブ)があって、そのスタッフがガキ大将となって、放課後や週末に子どもたちをあちこちに連れまわします。「今日は学校の裏山に行って洞窟探検をしてみよう」「今日は走ってお地蔵さんめぐりをしてみよう」「今日はあっちの湖まで行って水きり大会をしてみよう」「今日はあっちの川にいって沢登りをしてみよう」というような具合です。時には、地元の観光協会や商工会が主催するイベントの隣でトレイルランニングの草レースを開催します。イベントには人が集まって賑やかになるし、レースの参加者はレース以外の楽しみもあるので、一石二鳥です。
以上のような郷土教育的トレイルランニングをじわりじわりと日本全国に広めていくことが、トレイルランニング文化の仕掛け人としての私の夢です。スポーツに地域の特色を関連付けることができるのは、他のスポーツではなかなか真似することが出来ない、トレイルランニングだからこそできる大きな長所だと考えます。
浅間山って大きい!!(蛇骨岳)
日本一のレンゲツツジの群落(湯の丸高原)